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−PART3−

6月25日 トゥルク〜ヘルシンキ

訪問地

トゥルン・サノマ新聞社:トゥルク、1928〜1930

トゥルクの墓地礼拝堂(ブリックマン):トゥルク、1938〜1941

パイミオのサナトリウム:パイミオ、1928〜1933

ミュールマキ教会(ユハ・レイヴィスカ):ヘルシンキ郊外、1984

 

パイミオのサナトリウム

 この建物は結核の療養所としてトゥルクから何十キロも離れたこの場所に建てられている。ここもやはり垂直な木立に囲まれた場所である。この建物がこんなに木に囲まれているとは実は思っていなかった。それで、この背の高い外観も納得。彼は、おそらく周囲の木立よりも高くなるように建物をデザインしたかったのだろう。その方が木を切らなくて済むし、屋上のテラスに出れば周囲の樹海を一望できる。その辺は本ではわからなかった。建築関係の本ももっと周囲との関係で建築を取り上げてもらいたい。建物は回りとの関係で成り立っているのに往々にしてその辺が抜け落ちていることが多い。

 白を基調とした正統派モダンデザインといえる建物で、まあ、それは今だからそう言えるわけだけど、この建物が建てられたのは、1933年、昭和8年のことだから当時としてはものすごく斬新な建物だったはずである。(ちなみにサヴォア邸は1931年)

 結核療養所として、いかに明るくするかっていうことがテーマになっている。インテリアは白が基調になっており、ところどころ使われているポイントカラーも全て明るい原色である。開口も大きく取られ、病院全体がものすごく明るい感じを受ける。

 でも、結核療養所だから無理矢理明るくするという発想がいかにもモダニズムで、それがかえって病院特有の白々しさを生み出していることも否めなかった。現代ではもはやこういう発想をするべきではないように思う。いい建物には違いないが、落ち着いてずっと長居したくなるような建物ではなかったのは、私だけなのだろうか。こんど参加者に聞いてみたい。

木立の向こうに現れるサナトリウム

アプローチに対してコの字に構える配置はアアルトの特徴

これもおなじみの庇。裏は真っ黒に塗られている。

エントランスホール。原色の黄色が鮮やか。

アプローチから一番最初に見える妻側の部分。実はシースルーエレベーターになっている。

食堂。もともとは患者と医者の対話の場として作られたスペース。現在は職員の食堂となっている。

シェードが出ると空間の色が一気に変化する。

患者が日光浴をするために作られた屋上テラス。見渡すかぎりの樹海。

アアルトデザインのカーテン。縦格子のモチーフが使われている。

 

夏至祭

 フィンランドの人々が短い夏にかける思い。その思いが結実する夏至祭というお祭りは、いったいどのようなものなんだろう。すごく期待していたけれど、正直言って祭り自体は期待はずれに終わった。演出的な要素がものすごく少なく、劇やアトラクションが延々と続いた後、岸辺に据えられたBonfireとよばれる巨大なたいまつに火が灯されて終わり。妙にあっけないものだった。

 比較しては悪いけどこれなら日本の祭りの方が全然すごいと思う。でも、それはある意味では当たり前のことなのかもしれない。フィンランドにキリスト教が伝わったのは15世紀だそうで、森の中に散在して住んでいた人たちが、地域的にまとまりのある「文化」を持つようになってからまだ、4、5百年しかたっていないのだ。数百年と二千年の歴史の差はやはり大きいと思う。

 でも、祭り自体は大したことはなくとも、Bonfireの点火を待つ人々が口々に歌を合唱する光景には感動させられた。歴史は短くともこの人たちには“今”大切にするものがあるし、それを皆で表現するすべを知っている。それが一番大事なことなんだと思う。

 対照的に、歴史はあっても、自分たちのことをまるで知らない日本人。この「自分を知らない」ということが日本人の最も重大な欠陥だと思う。世界の情報が溢れ返り、外国には大挙して押し掛け(自分もその一人だが)、他人のことなら何でも知っている。しかし、我々は自分をどれだけ知り、自分たちの“今”をどれだけ共有できているのだろうか。

岸辺に据え付けられたクリスマスツリーのような巨大なBonfire

歌を歌いながらBonfireの点火を待つ人々。

延々と待たされたあげく午後10時過ぎ、ようやく火が灯された。

 

6月27日 ヘルシンキ

訪問地

ヘルシンキ現代美術館<KIASMA>(スティーブン・ホール):1998

 

ヘルシンキ現代美術館<KIASMA>(スティーブン・ホール)

 他の人たちは既にパリへと旅立ったが、ツアー中にあまりゆっくり見ることのできなかったKIASMAを一人残ってもう一度見ることにした。

 いかにもスティーブン・ホールらしく緻密にデザインされた建物だが、この建物の面白いところは、形態と平面、平面と動線が微妙にズレされている点にある。まず、外に現れてくる形と平面がかなりの部分合っていないいし、内部は中央にスリット状の吹抜があって両側に展示室が配置される一見オーソドックスな構成なのだが、動線はそれとはちょっとずらされていて、階のレベルもかなり複雑に設定されている。しかし、だからといってわかりにくいかっていうと全然そんなことはない。ぐるぐる巡るとかならず吹抜に出るようになっていて、自分の居場所は容易に確認できるようになっている。それはあたかも街の中における通りと広場の関係に似ている。つまり良くできた街は、通りが入り組んでいても主要なところには広場があって巡り巡ると必ずそこへ出るようになっている。それと同じである。

 建築家が空間の組立を考える際に、どれくらい認知しやすくするかというのは実はなやみどころである。わかりやすさはある意味では単調さの裏返しだし、複雑さはかったるさの裏返しになる。どのくらいの感じがいいのかはケースバイケースだし、もちろん建築家の個性に寄るところも大きい。ただ、大事なのはシステムを考える際にダイヤグラム的に頭で考えるのではなく、体感的に空間をとらえつつ、具体的に空間を構築してゆけるかどうかである。とにかく、概念的なレベルでは目を引いても、それが空間として置き換わったときに何ら面白みがないものになってしまうのでは意味がない。

 スティーブン・ホールの建物は具体的に体感できるレベルで認知しやすくなおかつ面白い空間となっていた。それは良い建物の証拠である。ただ、メンテのこととかもう少し考えないと、ちょっと強引すぎる材料の使い方だけは少々いただけないものがあった。

外観。これは夜9時半の写真です。

イモムシのような裏側の外観。

メインエントランスからつながるスロープを見返す。

一階のカフェ。

透明と半透明を組み合わせたスティーブン・ホール独特の開口部。自動ドアになっている。

最上階の展示室。光の入れ方がとてもきれい。

ここにはいろいろな種類のトップライトがある。

 

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