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UEMOT PLANnING & DesiGN OFFice

−前編−

日程

2001年9月14〜17日

9月14日 成田〜上海

訪問地

成田〜上海

上海市内(淮海中路、雲南路美食街)

浦東(Pudong)国際空港

低層の街並の向こうに超高層が林立する

 WTCの崩壊というとんでもない大事件の数日後、成田から上海へと飛んだ。東京からわずか3時間。沖縄へ行くのとそう変わらない。機内食を取ったと思ったらもう着陸態勢。あっという間に上海浦東空港へと降り立った。

 浦東空港は大きくて新しい空港だが飛行機の数は少なく閑散としていた。中国一の経済都市の空港ということでもっと往来が激しいと思ったが、なんだか拍子抜けだ。虹橋空港もあるので、そちらの方でとりあえず間に合っているのだろうか。改革解放路線を突き進んでいるとは行っても、路線の数では香港の比ではないし、国際的な人の往来という点ではまだまだのようである。

 さっそく市内に向かうことにしたが、ホテルのそばまで行くバスがないことがわかりタクシーに乗ることにする。でも、タクシーはあまり気が進まない。どこの国でも空港からのタクシーは、ぼられることが多いからだ。とりあえず、行き先を告げて乗り込むが、英語が全く通じないし、返事もせずひたすら運転しているので少々不安になる。案の定、南浦大橋を渡るはずがどうも様子が変である。地図を見たら南浦大橋ではなく、楊浦大橋を渡っているようだ。随分遠回りじゃないか。おまけにホテルの名前を告げてあるのにも関わらず、最後はどっちへ行けばいいんだと聞かれる始末。初めて来た街でいきなり道案内までさせられるのだからたまらない。

 地図を見ながらあっちだこっちだと指示し、やっと着いたと思ってレシートを受け取ると、249元(約3700円)と印字してあった。さっきまでメーターは160元だったのに、なんかインチキしやがったのだ。ガイドブックでは150元と書いてあったからいくらなんでもそんなに高いはずはない。でも、レシートにはそう印字してあるし、英語も全く通じず埒があかない。仕方なく250元渡したが、今度はお釣りをよこそうとしない。釣りをよこせというと1元ではなく5元紙幣を返してきた。おいおいそれは、ごまかしたことのせめてもの償いか?まあ、損害額は1元でも少ない方がいいので、おつりをさっさと受け取ってタクシーを降りる。全く、最初からやれやれという感じだ。

 ホテルにチェックインした後は、淮海中路をブラブラと散歩する。プラタナスが美しいストリートで、東京で言えばさしずめ青山通りといった所だ。伊勢丹などもあり、上海の中では高級とされている通りだが、そこは中国。人や車が入り乱れ、落ち着いた散歩が楽しめるかというとちょっと違う。

 初めての国は勝手がわからないのであっちきょろきょろ、こっちきょろきょろという感じである。とにかく人がたくさんしてワサワサとしている印象。建物はもっと近代化がすすんでいると思ったが、意外に古い(というかボロイと言った方がいい)建物がたくさん残されている。古いものと新しいものの整合性はほどんどなく、とにかく壊せるところから手っ取り早く超高層を建てていってる感じである。

 

9月15日 蘇州

 

訪問地

上海恒豊路バスターミナル〜蘇州汽車北駅(北バスターミナル)

北寺塔〜滄浪亭〜双塔〜拙政園

蘇州火車駅(鉄道駅)〜上海駅

自転車が溢れる風景は上海と変わらない(人民路)

北寺塔

 せっかく休暇を利用して来たのに、上海のような大都市だけ見るんじゃ味気ない。上海近郊にはたくさんの水郷古鎮があるので、どうせならどこか一つは訪ねておきたい。本当は「地球の歩き方」の巻頭特集にもなっている西塘に行きたかったけど、なにせ上海からは離れすぎている。まあ、最初なんだから無理をせず、蘇州にいくことにした。

 蘇州は日本語ではSOSHUだが、中国語ではSUZHOU(スゥーチョウ)である。字も日本の漢字とは異なる略字で、日本語にはない文字である。日本語のガイドブックでは固有名詞に日本語のルビを振っているが、あれはほとんど役に立たずである。字はまだしも読みだけは中国語にしてもらわないと、向こうでは通じない。

 蘇州(スゥーチョウ)行きのバスは上海駅近くの恒豊路バスターミナルから出発する。料金は30元。鉄道よりも高いが、座席指定なので気が楽である。高速道路を一直線に西へ向かい、1時間ほどで蘇州汽車北駅(北バスターミナル)に着く。

 バスを降りると例によってタクシーだの、バイクだの人力車だのいろんな乗り物を勧められる。とにかく自分のペースで回りたいので、もちろんそれらは全てお断りである。タクシーで中心部へ行ってから歩こうかとも思ったけど、地図を見てたら思いのほか広そうなので自転車を借りることにした。やっぱり中国に来たからには自転車に乗らないとね。結果的に、この自転車作戦は大成功。人と同じようにどこへでも行けるし、広い通りには自転車専用レーンが設けてあるので、快適だ。

 

北寺塔

 

北寺塔から見る蘇州の街

伽藍の側壁の鮮やかな黄

 バスターミナルから最も近いところにあるところが北寺塔。南宋時代(1127〜1279)に作られた八角形の塔で九層になっており、七層まで登ることができる。

日本の塔との違いは、

1)伽藍のど真ん中に建っている。こういうシンメトリーの構成は日本にはない。

2)中国では塔に限らずお堂でも六角形、八角形が非常に多い。また、九層というのもおそら

  く日本にはない。

3)庇の出が少なく、端部が跳ね上がっている。

4)相輪と呼ばれる頂部の部分が全体のプロポーションに対して短い。

5)内部は漆喰で固められていて、階段も石造りである。

6)心柱がない。

7)庇の出が少ないことと関係すると思われるが、斗きょうなどの組物が簡素である。

といった点だろうか。他にも、いろいろとあると思うけど、私は歴史学者でもなんでもなく、気がついた点を列挙しただけなのでご勘弁を。

 外見は庇がついているので日本の塔に近い部分もあるが、漆喰で固められた内部は、むしろヨーロッパの塔に近い。えっちらおっちら登っていくと、蘇州の街が一望できる。

 

滄浪亭

 

周囲は水路で囲まれており、橋を伝ってアプローチする。

ジグザグの回廊。ジグザグのモチーフはたびたび登場する。

中庭に面する回廊

スクエアな中庭

 次に行ったのが滄浪亭。蘇州のメインストリートである人民路からわずかばかり入ったところにある。蘇州で最も古い庭園(造営956年、11Cに改修)とのことである。庭と言っても自然風の庭ではなく、池もない。ほとんどが写真のような囲い込まれた中庭である。中へ入っておやっと思った。これは全くイスラムの中庭と同じではないか。石と木、水と緑の違いはあっても、空間構成は日本よりもむしろイスラムの方にはるかに近似する。日本の空間感覚は切り取られた「地」としての外部空間に建物を「置く」感覚なのだが、中国の場合は外部空間は建物によって切り取られた「図」としての空間で、イスラムやヨーロッパ社会に通じる空間感覚である。そういう点からもここは大陸であると改めて認識した。

 

蘇州の道と水路

 

プラタナスが美しい街路(十全街)

夕暮れの街を家路へと急ぐ人々(白塔東路)

 蘇州はこじんまりとした小さな水郷都市だと思ったら、とんでもない。現実には人口100万を超える巨大都市である。日本で言えば京都みたいな感じである。街の表側はほとんど近代的な建物で置き換わっている。古い街並や歴史的な遺稿は裏道や水路沿いなどにポツリポツリと散在的に残されている。外城河で囲まれた旧城壁の内部の部分は南北5km東西4kmの範囲で歩けなくはないが、自転車があるとやはり便利である。

 寺院や庭園などの見どころはガイドブックを見ればわかるけど、古い街並や情緒のある水路がどこに残されているかは勘だけが頼りだ。地図を見ながら面白そうな道や水路を探し回ることにした。

 大通りから枝道へと気ままに自転車を走らせていく。どの通りもプラタナスの街路樹で埋め尽くされていて美しい。面白いのは幹を二股に分けるように剪定して、ど真ん中に電線を通すようにしていること。電線に当たらないよう杓子定規に剪定してしまう日本のやり方よりも柔軟で賢いやりかただ。ただ、一方の枝が道路に大きく張りだしてしまうのが欠点で、バスなんかは枝すれすれに通っている。生えてるものにぶつかるのはぶつかる方が悪いということになっているんだろうが、日本だったら絶対枝を切れという話になるに違いない。

 通りばかり走っていても一向に水路がない。東洋のベニスというのも昔はともかく今はかなり誇張があるように思うが、とにかく水路を探すべく、地図を見る。

 十全街に並ぶ建物の裏側に一本の水路を発見した。水際まで建物が迫っていてそこだけはのどかな表情である。ここから蘇州大学沿いを北上し、途中、双塔や拙政園といった名所、旧跡に立ち寄りつつ、平江路、東北街、西北街と水路に沿った道をたどって駅の方へと向かうことにした。

 水路は表通りからはほとんど見えないが、裏道を丹念にたどっていくとそれなりには残されているようである。ただ、生活に密着した使い方は特にされていないようだった。どの橋も船が通れるよう真ん中を嵩上げしているので、運河としての実用性は今でも持っているのだろう。

物売りも出る川べりの道

十全街の裏の水路

一瞬絵になる風景が目前に広がる

水路に架かる橋(盛家帯)

 

双塔

 

シンメトリーの双塔

脇にあるお堂

双塔の前の正殿の遺稿

規則的に並べられた植物はモダンデザインに通じる感覚。壁越しにお堂が見える。

 干将東路と鳳凰街との交点にある。982年に建立された双塔で、もとは羅漢院というお寺の中にあった。今は塔の廻りに少しばかりの伽藍が残されているだけである。塔のすぐ横が正殿の遺構となっていて、現在は整備された庭となっている。なんだか、最初からここは庭だったといわれても納得してしまいそうである。

 

拙政園

 

池を囲むうねる回廊

ふきで覆われた中園の池越しに見るあずまや

空間を区切る壁とタマリュウの庭

さりげないが気が利いている根元廻りのデザイン

 16cに作られた庭園で、蘇州四大名園の中でも最大のもの。東北街に面している。滄浪亭とは対照的に水がテーマとなった庭園である。面積は5haあり、東園、中園、西園の3つの部分に分かれている。写真が少なくて恐縮だが、さすが名園と言われるだけのことはある。中国の庭園というともっとごてごてとしたものかと思っていたが、おおらかですっきりとしていたのが印象的だった。

 

列車で上海へ

 帰りは列車で上海へ戻ることにした。駅の切符売り場はまたまたものすごい行列である。やれやれと思いつつ我慢して並んでいると、入れ替わり立ち替わりいろんな人が上海行きの切符を手に持ってこれを買わないかと寄ってくる。切符に印字された値段は安いし、すぐに発車する列車のものなので一見するとお買い得なんだが、廻りの人の反応を見ていると首を横に振っているからやはりあやしい切符のようである。額面より高く売っているのかあるいは何か他のからくりがあるのか、どうも良くわからなかったが、誰も買う人がいないので、地元の人に習っておとなしく列に並ぶことにした。

 上海までの「新空調硬座普快」は日本で言えば急行に相当する。料金は13元で高速バスよりかなり安いが席は指定ではない。空調とわざわざ謳ってあるところが面白い。現在、中国では「空調」がキーワードでいたるところにこの文字が踊っている。中国の列車というととにかく混んでいるという印象があるけど、この列車も満員に近かった。でも、ほとんどの人が座っていたからまだましな方なのだろう。

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